喜和田鉱山
暗黒の坑道を流れる青い天の川
レアメタル・タングステン鉱山の坑内を行く

山口県岩国市二鹿

写真・文:山本睦徳

坑道がぽっかりと口を開けている。奥に続く暗黒の闇に小さな明かりが見えた。鉱車(鉱山の列車)だ。鉱車は3両編成の荷台にタングステン鉱石を満載して350mの直線コースを走行していた。レールがきしむ音が聴こえる。出口はもうすぐだ。荷台に積まれた鉱石が太陽の光を浴びる。彼らははてしなく遠い昔からこの真っ暗な地下の世界で眠っていた。たった今初めて太陽を見たのだった。

坑口前の急カーブを鉱車は最徐行で曲がる。そしてピット(鉱石を落とす穴)にさしかかると、さらに速度を落として慎重に進む。ピットのそばにはガイドレールという特殊なレールが設置されている。鉱車の「転輪」という補助輪がガイドレールの上にあがると、荷台がピットの方向に傾き、側面の扉が開く。鉱石がピットの中へいっきに落ちる。3両の鉱車に満載された鉱石は、1分もしないうちにすべてピットの中に降ろされた。鉱車は新たな鉱石を迎えに行くため、すぐにまた暗黒の坑道へと入っていった。

2007年9月、私は山口県岩国市にある喜和田鉱山を訪れた。この鉱山はかつてタングステン鉱石を採掘していたが、鉱石の価格の下落を受けて1992年に稼動をやめてしまった。その後、鉱山長の長原さんは坑道の中を一般の見学者に案内していた。しかしついに2005年坑口は完全に封鎖されてしまった。

 ところがこの2・3年タングステン鉱石の価格が上昇した。今年6月長原さんは一旦はふさいだ坑口を開け、中に蓄えてあった多量の鉱石を外に運び出す作業を始められた。今回、長原さんと作業員の方々のご協力を得て、3回にわたり、鉱石運び出しのようすを見学させていただいた。

外は残暑が厳しく蒸し暑い。しかし坑道からは冷たい空気が流れ出てくる。私は鉱車の後を追って坑道の奥へと進んだ。

坑口(入口)から直線の坑道が350m続き、そこから左へとカーブしている。足元には岩盤の割れ目からわいて出た水で線路が朽ちかけていた。しばらく行くと電球の明かりが見えてきた。錆で覆われた鉄でできた大きな怪獣の口のようなものが坑道の斜め上から突き出している。漏斗(じょうご)と呼ばれるものだ。この30mほど上には別の坑道があって、私が立っている坑道とは切上り(きりあがり)と呼ばれる縦の穴でつながっている。漏斗は切上りの一番下の部分にあって、上から落とされる石をここで受けている。

鉱車がやってきた。漏斗の下にきてゆっくりと停車する。作業員が漏斗を動かす高圧エアのバルブを開いた。そして岩盤に取り付けられたレバーを引いた。凄まじい音を立てて怪獣の口が開き、鉱石が勢いよく流れ出した。鉱車の荷台はほんのまばたきする間に鉱石でいっぱいになった。こうして鉱車は新たな鉱石を満載して、坑口を目指して走り出し、暗闇に消えていった。

鉱車を見送った後、私はハシゴを登って30m上の坑道へ向かった。ハシゴは落下防止のための金網で覆われているため、非常に狭い。カメラなどの機材を入れて大きくふくらんだ私のリュックサックがひっかかった。どうしてもはずれなくなって、ひもを引きちぎって前進した。
上の坑道に出るとガガガガという音が鳴り響いていた。50mほど進むと広い空間が現れる。ここは第11鉱体(こうたい)というタングステン鉱石が濃集しているところのもっとも下の部分になる。稼動をやめる寸前まで出荷を待っていた鉱石が高く積まれている。鳴り響いていた音は高圧エアで動くスラッシャーがワイヤーを巻きつける音だった。

80年代後半タングステン鉱石の価格が下落し、92年に採掘をやめてからというもの、ここの鉱石は長年この場所で眠っていた。

鉱山長の長原正治さんに出会った。ちょうどスラッシャーを操作して鉱石を切上りに落とす作業をされているところだった。岩盤に金具を入れる穴が開けられていて、そこに滑車が取り付けられている。滑車を使ってワイヤーをひっぱり、スクレーパーと呼ばれる幅が70cmくらいある大きな鉄のスコップで、鉱石の山から石を掻き出す。スクレーパーが鉱石を引きずって切上りに落としていく。ザザザという音とともに鉱石が落ちていく。スクレーパーをもう一本のワイヤーがひっぱり、鉱石の山へと引きずり戻されていった。切上りを覗き込むと中は真っ暗で底が見えなかった。かなり深い。

この場所は採掘をやめてから2005年に坑口が閉じられるまで、上に人が立って天井の岩盤に手がとどくくらいまで高く鉱石が積まれていた。天井には幅1mもある白い石英の脈が通る。脈のところどころに肌色をした粒が見える。米粒くらいのものから人の頭くらいのものまでいろいろある。これがタングステン鉱石である「灰重石(かいじゅうせき)」だ。灰重石は石灰岩の割れ目を、タングステンを含んだ熱水が通って、石灰岩の中のカルシウムと反応してできた。そのため、熱水が冷えた後にできた石英脈のまわりには灰重石が集まっていた。

長原さんが一般の方を対象に見学会をされていたころ、ここである不思議な光のショーが行われていた。

2004年11月、ある石の愛好家たちの団体が見学に来たときだった。長原さんは全員をこの空間の鉱石の上に集め、すべての明かりが消されるのを確認すると、手に持っていた紫外線を出す特殊なランプを天井の岩盤に向けた。すると岩盤の中の灰重石がいっせいに青く光りだした。

灰重石は紫外線を受けると蛍光(けいこう)という特殊な光を出す性質を持っている。灰重石は受けた紫外線を青い光に変えて放出するのだ。

見学者の中から感激の声が上る。岩盤は一瞬にして青い天の川に変わって、暗黒の闇を流れているようだった。透き通るような桃色の光を出すリン灰石(りんかいせき)やイモリの腹のような怪しい赤をかもしだす方解石(ほうかいせき)が、輝く灰重石の青をいっそう引き立てていた。ここはそんな美しい光のショーが行われていたメインステージだったのだ。

スラッシャーの音を後にして、天井にある直径1mほどの穴からさらに上へと登った。第11鉱体がさっきの空間から上へと続いている。 

上には別の坑道がある。左右に道が分かれるが、どちらに行ってもかまわない。その先でぐるっとまわってつながっているからだ。私は左の道へと進んだ。

しばらく行くと、錆ついた鉱車とローダーが見えてきた。坑道を掘り進むとき、削岩機(さくがんき)で穴を開けて火薬を仕掛けて発破する。そのときにバラバラになった岩石をすくって鉱車に積み込むパワーショベルのようなものが、このローダーという機械だ。長原さんによるとローダーはすくいとった石を跳ね上げるようにして、後ろに連結した鉱車の荷台に積み込んでいくのだという。

木でできた漏斗がところどころに見える。ひとつは朽ち果てて崩れ、坑道の床に散乱していた。まだ形をとどめているものも手で触れるとまるでスポンジのようにやわらかかった。

さらに奥へ進むとバレーボールのコートが2・3枚とれそうな大きな空間に出る。高さは10m以上ありそうだ。よくこんな大きな穴を掘ったものだ。天井には太い石英脈が通っている。下の空間の天井にあった石英脈はここまで達しているのだ。石英脈の周りにできた鉱石を採掘してこんな大きな空間ができてしまった。天井には穴が開いていて、その上にもまだ同じような空間があるようだ。

坑道へもどると、漏斗のそばにハシゴがついていた。そこからさらに上へと登ってみた。上の段に出て見ると、やはり石英脈はそこにも続いていた。石英脈の周りを掘ったために脈を中心にして溝のように岩盤がえぐられていた。

来た道をもどり、一番下の鉱車の線路がある坑道まで降りた。

 ゴーという地響きのような音が坑道内に鳴り響いている。鉱車が走行しているのだ。出口を目指して歩いているとカーブを曲がった鉱車のライトが背後に見えた。鉱石を満載した鉱車は私を追い越していった。

 私は鉱車の後を小走りで追いかけた。鉱車はゆっくり走っているので、十分追いつくことができる。出口までの直線コースで少し速度が上がった。坑道を出ると急カーブを徐行した。ピットのそばを慎重に進むと、転輪がガイドレールの上を駆け上がり、荷台が傾いた。またピットに新たな鉱石が降ろされた。こうして鉱車は1日に十数回往復して鉱石を次々に坑外に出していく。

鉱車の運転手にお別れを言って、真っ暗な坑道へ入っていくのを見送った。

別の作業員がピットの鉱石を、パワーショベルを使ってダンプカーに積み込む。下山のさいはそのダンプカーに乗せていただいた。細くて急な坂を、ブレーキを駆使して下りていく。普通の車だとこんな坂は上り下りできないが、このダンプカーは四輪駆動車なのだ。

ダンプカーの運転手が話してくださった。今ここで作業をされている3人の方はもともとは県庁や郵便局で働いていた方で、定年退職されている。6月からここで作業されているが、鉱山で仕事をするのは初めてだという。しかし機械の操作や鉱車の運転など、長年の熟練と見まがうほど板についていた。彼らは全身泥だらけだが、なぜかかっこいい。

ダンプカーはふもとの貯鉱場に石を下ろして再び山道を上っていくのを私は見送った。

2004年から私は何度も喜和田鉱山を訪れ、長原さんのご厚意で坑道内や鉱山周辺の施設跡地を見学させていただいた。鉱車や機械類をはじめ、坑道内の設備など、かなりの部分が採掘していた当時の姿で残されていて、鉱山を知る上で貴重な場所であった。しかしそれでも残された設備はすべて停止していて、しかもかなり朽ちてしまったものまであり、稼動当時のようすを想像するのが困難なことが少なくなかった。今回は鉱車やスラッシャー、漏斗といった鉱山全体の一部ではあるが、それらが実際に動いているようすを見ることができて、より実感のわく、たいへん有意義な取材であった。


謝辞:今回の取材では喜和田鉱山鉱山長の長原正治さんと3人の従業員の方々にご協力をいただきました。


ドキュメンタリー映画
喜和田鉱山DVD発売中
喜和田鉱山の歴史、灰重石のでき方、採掘の方法、鉱車やローダー、漏斗などの鉱山設備、そして採掘したタングステン鉱石の人間社会で活躍をドキュメンタリー映画にしました。

喜和田鉱山DVDはどんな映画か?

鉱車 長栄坑坑口前

漏斗: 切上りに蓄えられた鉱石が鉱車に積み込まれる。

第11鉱体の一部: 石英脈(白い帯状の部分)の周囲に肌色をしたタングステン鉱石・灰重石ができている。石英脈に平行に細かな灰重石が縞模様をつくっている(縞状鉱)。

灰重石の蛍光: 灰重石に紫外線を照射すると、青く美しい蛍光を発する。右上の赤い光は方解石が出す光。

ローダー: 発破でバラバラに砕いた岩石を後ろに連結した鉱車に積み込むための機械。7気圧もの圧縮空気で動く。